∞ふかふか∞

関ジャニ∞・ジャニーズ・小山卓治さん・日常を綴っていきたいと思います☆

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小山卓治 上海公演中止 ( > < )  

熊本地震

ホントにびっくりしました

小山さんの生まれ育った熊本

さぞ心痛めてはるやろうな・・・


被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます

まだまだ大きな余震もきてます

どうか早く穏やかに過ごせる様になればいいな・・・ と願ってます


そんな中、小山さんからお知らせが来た





中止の理由は 小山さんの Facebook ・ オフィシャルサイト RED & BLACK にアップされてます 











「 4月11日はヒナ祭り @ 日テレ ♪ 」 の記事に拍手してくださった方、ありがとうございました 

とても嬉しかったです 


  
(グリムス)















予定しておりました上海公演は、開催困難な事由が重なり、全公演が中止となりました。


上海ライヴについて  (小山卓治 )

僕が 〈 YELLOW WASP 〉 を歌っていること、浜田裕介が以前市会議員だったことなどが関係者の耳に入り、ライヴを開催することで、ライヴをコーディネートしてくださった方、お店の方にご迷惑をかけてしまう可能性が生まれ、今回は非常に残念ですが、ライヴを中止することを決めました。

すでにエアチケットなどを押さえてくれたみなさんには、お詫びのしようもありません。 申し訳ありません。




〈 YELLOW WASP 〉

詞:小山卓治 曲:小山卓治


盗んだバイクにまたがって
女をケツに乗せて走りだした
浦安のボーリング場の
駐車場で決闘が始まる
夜の9時コンビニの前
集まったバイクと車の群れ
急げばまだ間に合うはず
5月28日のこと
俺や仲間達は
いつでもこう呼ばれる
残留孤児2世
黄色いワスプの住んでるこの国じゃ

暗闇の駐車場の隅
俺達は族に囲まれた
ナイフや曲がった鉄パイプ
キラリと光って襲いかかる
殴られて必死に逃げて
迷いこんだ袋小路
金網にへばりつきながら
盗んだナイフ握ってた
殺される
この国へ来てから
いつだってこうだった
黄色いワスプの住んでるこの国じゃ

言葉も分からないうちに
この国の学校に入れられた
喋れないだけで殴られ
先生は俺を馬鹿呼ばわりした
戦争が終わった時に
お袋はまだ5歳の女の子
俺と兄貴が生まれ育った
黒竜江を後にして
7年前の朝
親父だけを残して
俺達帰ってきた
黄色いワスプの住んでるこの国へ

うめき声が聞こえてくる
俺の足元にうずくまる男
吹きだす血の音が聞こえ
俺は水たまりにしゃがみこんでた
やられっぱなしじゃないぜ
俺は腰抜けじゃないんだ
だけど震えながら見あげる
今にも降りだしそうな空
中国へ帰りな
てめえらは臭いぜ
この不良ども
黄色いワスプの住んでるこの国じゃ

俺の手に手錠がかけられ
男は病院で冷たくなった
俺のすり切れた指紋は
殺人者の烙印に変わった
検察は俺をにらみつけ
ぶちこんでやると叫んだ
弁護士は正当防衛と
傷害致死を主張した
中国が恋しい
この国は俺のこと
好きになっちゃくれない
黄色いワスプの住んでるこの国は

親父はいつでも自分を
中国人だと思い続けてた
お袋はいつでも自分を
日本人だと思いたがってた
俺はいつでも自分を
人間だと思っている
国籍が違うってだけで
どうしてそんな目で見るんだ
おまえらも黄色だ
みんな黄色じゃねえか
同じ黄色じゃねえか
黄色いワスプの住んでるこの国じゃ

鑑別所 家庭裁判所
高等裁判所と回された
タマネギ臭い指をした
仲間達が俺を見守ってくれた
心から話しあえるのは
同じ境遇の仲間だけ
俺は一体誰なの
どこの国の人間なの
3月17日
5回目の判決で
俺はたたき出された
黄色いワスプの住んでるこの国へ

北京の広場じゃ仲間が
戦車にひかれ死んじまった
古いボートに乗った仲間
東シナ海を越えてくる
俺達一握りの自由に
命賭けて戦ったのに
この国じゃでっかい自由を
クソまみれにしているんだ
こいつは俺達の
俺達の戦争だ
俺達の戦争だ
黄色いワスプの住んでるこの国じゃ

RELEASE 2001.02.23



1989年5月、千葉の浦安で暴走族同士の抗争が起き、1人が死亡した。
 
新聞の片隅の小さな記事で、僕はこの事件を知った。

よくある事件のひとつだと、さほど気にとめることもなかった。

だが事件の続報で、殺人を犯した少年が残留孤児二世と知り、なぜか心がざわついた。
 
逮捕された少年は、鑑別所や裁判所をたらい回しにされる。

検察は傷害致死を、弁護士は正当防衛を主張した。

僕は新聞で事件を追った。
 
少年は幼い頃、日本人の母親と共にこの国へ来て、様々な差別を体験する。

「変な日本語しゃべるな」 「中国へ帰れ」 「おまえらくせえんだよ」
 
中国と日本の間に挟まれてアイデンティティを失った少年は、同じ境遇の仲間たちと肩を寄せ合い、いつしか暴走行為へ走る。

そんな中、事件は不幸にして起きた。
 
判決は何度もひるがえり、ようやく10ヶ月後、少年は無罪になった。

少年の痛みや慟哭が僕の中の何かと同化し、破裂するように歌が生まれた。

タイトルを 〈 YELLOW  WASP 〉 とした。

「WASP(ワスプ)」 とは、 「ホワイト・アングロ-サクソン・プロテスタント」 の略で、いわば白人の中で支配階級と言われる人種のこと。

「黄色いワスプ」 とは、僕たち日本人のことだ。
 
内容的に大手レコード会社からリリースできる可能性はなかった。

だが僕はどうしてもこの歌を伝えたかった。

カセットテープでリリースし、歌える限りステージで歌った。
 
新聞の、とりわけ社会面で歌が取り上げられた。

僕にはそれが意外だった。

僕は少年の痛みを歌いたかっただけで、社会的に何かを訴えようとしたのではなかったからだ。
 
歌は少年の元へ届いた。

彼はこう言ったという。

「これは俺たちの歌だ」
 
僕にはそれが心から嬉しかった。

彼を勇気づけることができたと知り、歌を作って本当によかったと思った。

だが、どうしても決着をつけなければいけないことがあった。

この歌を、正式にレコード会社からリリースしたいと思ったのだ。
 
1994年、僕はこの歌をもう一度レコーディングした。

すると、レコード会社のある部署のスタッフが飛んで来た。

レコード会社と契約してリリースする限り、避けて通れないことがある。

「自主規制」 というやつだ。

差別用語に始まり、クレームが来そうな言葉や表現は、その段階ですべて注意深く削除される。

予想はしていたが、スタッフの態度はそれ以上に強硬だった。

説明も何もなく、ただ 「やめろ」 と突っぱねられた。

はらわたが煮えくりかえる思いだった。

だが結局、マスターテープは倉庫の隅にしまい込まれた。
 
6年が過ぎた。

その間、僕はこの歌をほとんど歌うことはなかった。

それでも、ファンの人たちから 「もう一度リリースしてほしい」 との便りは届き続けた。

去年のツアーの初日、僕はひさしぶりに 〈 YELLOW WASP 〉 を歌った。

確かめてみたかった。

この歌が今も生命力を持っているか、自分にとって錆びついていないか。

歌いながら、言葉やメロディが客席に突き刺さっていくのを感じた。

もう一度歌いたい。

そう痛切に思った。
 
所属プロダクション主導のインディーズレーベルからリリースすることにした。

ここならつまらない自主規制など一切ない。

表現したいことをそのまま伝えられる。

歌は、誰かを勇気づけることができる素晴らしい表現手段だ。

死のうとする人を思いとどめさせるパワーさえ持っている。

だが、腰抜けの半端な表現が人に伝わるはずがない。

心の底から歌わなければ、それは歌じゃない。

僕はそう信じている。


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Author:milky
関ジャニ∞が大好き! 
すばる君にぞっこん・たっちょん・章ちゃんにも癒されてる京都のオカンです☆

次女は亮ちゃんに心奪われ中♪
最近はJUMPの有岡くんにも・・・

いろんなeighterさんとお友達になれたら嬉しいです♪
よろしくお願いします☆

小山卓治さんも好きです♪

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